コンパクトな暮らし

遺品整理は物欲を消す最強の方法、モノを捨てまくるストレスとガラクタの山に考える心の闇

投稿日:2019年2月20日 更新日:

遺品整理は大変!暮らしはコンパクトに

わたしは長らく「物欲を消したい、無くしたい、衝動買いをやめたい」と思っていました。

昔よりは計画的に買い物ができるようになったとはいえ、「これが欲しい、これを手に入れなければ!」という衝動的に欲望が沸き起こるとそのまま突っ走ってしまうことは今でも多々あります

わたしの場合、モノを購入したまま使わない、ということはほとんどないのですが、2~3度使ってそのまま放置はよくあります・・・そういう事実も分かっていながら、何故かやめられない衝動買い。

そして、常に物の処分をしなければ、家の中から物が消えない現実。

どうにかしたいな~とぼんやりと思っていましたが、昨年末に亡くなった大叔母の家を遺品整理しながら、物欲がもたらす業とモノを買い続ける恐ろしい現実を突きつけられ、一気に物欲が消えていくのを感じました。

また、時が落ち着いたら、物欲は復活しそうな気がしますが、ともあれ、遺品整理で大量のモノを容赦なく捨てていくとむなしさと悲しさ、怒り、そして、どうしようもない虚無感に襲われましたことよ。

きっと大叔母が買ったモノ、モノ、モノ。。。

それらを前にして大叔母の息子はもとより、その嫁、わたし、わたしの両親、わたしの兄弟、伯母、皆が絶句。広い家と離れ、蔵に埋め尽くされたモノの多さに圧倒されるばかりでただただ呆れ、そして、懊悩するだけ。

大叔母は何を思ってこれらのモノを買って、これらのモノを放置したのか。

遺品整理をしながら、わたしの感情は激しく揺れ動きました。

管理人
図らずも遺品整理を通して、物欲が限りなく薄くなっていくことを実感しました・・・

参考遺品整理、処分が大変で困るもの5点を紹介、生前整理のすすめ遺品整理から考えること、コンパクトな暮らしを目指す

夫と子供、舅姑と高度経済成長期を生きた大叔母

家族

昭和の初期に生まれた大叔母。

元教師であった大叔母は結婚と同時に退職し、子供一人をもうけ、舅姑につかえて生きたのでしょう。そして、時代は折しも高度経済成長期とバブルを迎えます。

モノを買うこと、できるだけ多く持つことが美徳とされた時代の中、割と見栄っ張りな大叔母とその家族はモノを買いあさったことが想像できます。

そして、大学に進学した一人息子を遠方に送り、その後、バブルが消え去ろうとする頃に大叔母は舅姑を相次いで見送り、ほどなくして大叔父も倒れ、車椅子生活に入りました。それから大叔父は長く生きませんでした。

大叔母に襲い掛かった相次ぐ介護と葬儀。今思うと大叔母は相当に疲弊していたのだろう、と思います。

遺品を整理しながら、当時のことを思い出し、しみじみとしたものです。

わたしの前で大叔母はいつも笑っていましたが、実際には相当に大変だったでしょう。大叔父は一人息子でしたので、舅姑や大叔父の世話や介護はすべて大叔母の両肩にのしかかっていたでしょうから。

あの頃はまだ介護は嫁の仕事、という意識が強かったころです。

大叔母は歯を食いしばって舅姑、大叔父の世話と介護をしていたのでしょう。家庭を守り、息子を育て上げ、見送ったのでしょう。そして、同時に買い物も。今思うとそれが大叔母の唯一のストレス発散方法だったのかもしれません。

残された遺品は良きにつけ、悪しきにつけ、大叔母の思い出そのものなのです。大叔母の生きざまなのです。大叔母の人生なのです。

モノを捨てなかったのではない、捨てられなかったのだ

大叔母の家にあふれるようにあるモノに圧倒された当初、「おばちゃんはなぜ捨てなかったのだろう?整理をしなかったのだろう?こうなることは分かっていたはずなのに、なぜ何もしなかったのか?」と遺品整理をする面々は少なからず憤りました。

実際のところ、残されたものを片づける方はたまったものではありません。

文字通り、お悔やみと文句が交互に飛び出し、イライラさせられることも多かったもの。

管理人
イライラ、これは何!?もうなんでこんなものを残しておく必要があるの!?意味が分からない!

当初は50代は介護におわれ、60代から一人暮らしを余儀なくされた大叔母には「物理的」に片付けることが不可能だったのだろう、と思っていました。

が、「物理的」にではなく、「精神的」に捨てられなかったのだ、と。

わたしたちにとってはガラクタにしか見えない衣服、着物、器、本、アルバム、バッグ、タンス、布団、鉢植え、その他よくわからないモノなどはすべては思い出だったのだ、と。

大叔母はモノを残していたのではない、思い出を残していたのだ、と。

そして、ここからが複雑なのだが、その思い出に上書きをするために大叔母はモノを使っていない部屋に封印したうえで、また買いまくったのだ。

大叔母にはそれが許されるだけの財力があった。

モノの所有は心を満たしてくれたのだろうか?

イメージ

舅姑、夫を相次いで見送った大叔母。

その間に一人息子も地方へ飛んでいき、さらに異国の地へ飛んでいきました。

大叔母の胸を去来したものが何であったのか、定かではありません。が、結果として、大叔母の家の中はモノにあふれかえりました。

これらのモノが大叔母の心を満たしてくれたのだろうか?

モノに囲まれて大叔母の生活は心満たされるものであったのだろうか?と。大叔母の心は落ち着いたのだろうか?と。

その答えは誰にも分かりません。

確かに膨大なモノは大叔母の思い出を彩ったかもしれません。しかし、同時に大叔母の心は少しずつ病んでいったのだろう、と思います。

埋めることのできない孤独感、やるせなさ、寂しさ。大叔母はその心をなだめるためにモノを積み上げていったのだろう。そして、そのまま突き進んでしまったのだ。

そして、その事実にわたしの心は疲弊しました。大叔母なら大丈夫!と過信していたわたしたちがいました。ある程度はキチンと最後までしてくれる、してくれている、と。

が、そんな甘い現実は残されていませんでした。

誰も大叔母の家の奥を覗かなかった、いえ、覗かせることのできる人を持たなかった大叔母の孤独を垣間見ました。

モノが問題なのではない。自分の手でコントールできないモノを収集する心が問題なのだ、と気づかされました。

生前、誰かが大叔母に人声を掛ければよかったのかもしれない。「一緒にお茶を飲もうか?そして、一緒に掃除をしようか?」と。

管理人
大叔母のはかりしれない心の闇を覗きました。。。なんかいろいろと落ち込みました。

あの世に「モノ」は持っていけない

棺に横たわる大叔母。

その死に顔は穏やかなものでした。年のわりにつるりとした顔が羨ましいほど。

でも、棺に納めることができるものは限られています。

花とせいぜい写真と伯母の趣味のもの。

そして、「生きていく上でそれで十分なのではないだろうか」と。

本当に大切な最低限のモノさえあれば、いいのではないか、と。

遺品整理は物欲を消す最強の方法

大叔母の遺品整理をしながら、胸が痛みました。

実際のところ、今回の遺品整理は過去を発掘して、まだ使えるものを捨てていく作業。胸が痛まない訳がありません。時間も限られています。モノを手にして瞬時に捨てる、残すを判断し、機械的に作業を行います。

作業を繰り返していくうちにむなしさを味わい、ここまで収集するにあたりいくらかかったのだろうと呆れ、怒りがあふれてきました。

「こんなに使わないものばかり集めて・・・!」

そして、現在、とてつもないむなしさが襲い掛かってきました。容赦なく捨てられていくモノ。

モノには適正量がある。わたしは適正量を超えるものを買わない。暮らしはコンパクトにする。同時に物欲は限りなく薄くなりました。

消えモノはともかくして、残るモノはかなり慎重になり、「買わない」という選択肢を無意識に採択することに。

だって、モノを前にすると大叔母のあのガラクタの山が脳裏をよぎるのだもの・・・!

管理人
テレビでゴミ屋敷とかを見ることがあります。大叔母の家もそれに近いものがあったような気がします。ただ、大叔母の家は無駄に広かった・・・!それがゆえに大叔母は買いあさったものを巧妙に隠していただけなのかもしれない、と考えさせられました。

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ワタノユキ

マイペースに生きる主婦 & 在宅ワークの日々(since20141003)。理想と現実の狭間を永遠に彷徨い中。 詳細なプロフィールはこちらにて。 わたしらしく年齢を重ねる もよろしく♡

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