できない理由を探すよりも、できる理由を探そう。やらないことは簡単だけれど、やる愉しみを待ちたい。

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できない理由を探すより、できる理由を探そう。

働いている時によく聞かされた言葉。

昔のわたしはこの言葉を白々しい、押しつけがましいと思っていました。

「どんなに頑張ってできる理由をさがしても、できないものはできないじゃん!」

と怒っていました。

「今、欲しいのはそんな精神論じゃない!具体的にどうしたらいいのか教えてよ!」

とイライラしていました。

できるものはできる。

でも、できないものはできない。

そんな明確な線引きがわたしの中に大きく存在していました。なんかもうトランプさんがメキシコとの国境に築く壁よりも強固で頑固な壁がデーンと存在をしています。

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とっさに出てきたのは「え、そんなことできないよ」だった。

先日、思いがけないことを思いがけない人から言われました。

とっさにわたしの口から出たセリフ。

「え、それはちょっと無理ですね・・・」

「わたしにはできませんね」

という否定の言葉でした。その後、相手が言葉を重ねてくる、重ねてくる。すると、少しずつ、わたしの中の壁が揺れてくるのが分かりました。その場でははっきりと返事をせず、帰宅する道すがら、ツラツラと考えてしまいました。

「え、わたしでもできるのかな?」

「いやいや、無理でしょう。そもそも、そんなことをやってもお金にならないよ」

「お金の問題かな?やりがいとかそういう問題じゃないの?」

「でも、結局はお金でしょ?お金が入らないとやる意味とかメリットがないじゃん」

「そんなに簡単に片づけることじゃない」

「じゃ、聞くけれどそんなことやった成功すると思うの?結果が出ると思うの?そもそも、あなたにそれができるの?」

できない理由は非常に雄弁です。できる理由はずーっとできない理由に圧倒されています。圧倒されまくっています。

思えば、わたしは昔から「できない理由」を考えるのが得意でした。「できない理由」はわたしを臆病にし、後ろ向きにさせますが、同時に非常に楽な解決方法でもありました。わたしのささやかな世界を守ることに役立っていました。波風がたたない、刺激がない、安穏とした安寧をもたらしました。

そう、わたしにできるのはここまで。これ以上はわたしにできない。

その壁が揺らぎました。

グルグルと迷走。ひたすら迷走した挙句に書くことにした。

そもそも、わたしにできるのでしょうか?

できるような気もするし、できないような気もする~と揺れに揺れます。折しも プレ更年期の抑うつ気分 も重なり、心は激しく揺れるだけでまったく方向性を決められません。

心がいっぱいいっぱいになったときは1枚の紙にすべてを書くこと。

A4のコピー用紙を1枚とりだし、上にテーマを書きます。そのテーマの下あたりから、真ん中にざっくりと線を引き、右側に「できる理由」左側に「できない理由」を書いて頭を整理することに。

例えば、

  • できない理由 わたしに知識があるのか?足りるのか?
  • できる理由 今ある知識を提供することを意識する。勉強していく。 

などなど。

これを書いていくうちに気づいたのですが、

  • できない理由 わたしに知識があるのか?足りるのか? ⇒ 不安に思っていること。
  • できる理由 今ある知識を提供することを意識する。勉強していく。 ⇒ 解消するためには。

なんですよね。

図にするとこんな感じでしょうか。

できる理由できない理由

できない理由は不安に思っていること、自信がないところで、それを解消するためにはどうすればいいのか、そうすれば不安が消え、できる理由になるなと考えるきっかけになりました。

そして、一つ一つの悩みって些細なこと。

わたしが不安に思っていることって解消しようと思えばできる、些細なことだったりするんだ、と気づかされました。そう、些細なんだけれどね。

後は行動力の問題。これが難しいのだ。わたしの腰の重たさときたら・・・半端ないのです。

居心地のいい場所を飛び出す勇気。

脳を含め、人間の体は現状を維持しようとする性質があるんですよね。ざっくりと言いますとこれをホメオスタシスと言います。

わたしが今までと異なる、新しい何かをしようとすると脳が身構えてしまい、「どうして今までと同じでダメなのよー」と現状維持を頑張ろうとしちゃいます。生存本能的に人間は現状に甘んじようとしてしまいます。そう、わたしのホメオスタシスのように(汗)

現状は不満も不安もあるけれど、まぁ、それでもいけているよね、と。いつもの習慣、いつもの場所、いつもの行動。

それなりに自分らしくいられて、ある意味、安寧で安心な場所だったりします。わたしがここ数年、築き上げた居心地のいい場所。

でも、一歩、何かを踏み出そうとするとその居心地のいい場所から飛びだす必要があります。

今のわたしが持っていないものを得ようとすると飛び出す勇気も必要なんですよね。そして、新しい何かを得る、と。

できない理由を探すよりも、できる理由を探そう。やらないことは簡単だけれど、やる愉しみを待ちたい。

働いていた頃に何度上司に「できない理由を探すよりも、できる理由を探そう」と言われても心に響きませんでした。

今、思うとそれは現状を変えることに対する抵抗芯があったのかもしれません。現在の職場環境でいいじゃない、このままの仕事の段取りでいいじゃない、それを大きく変える必要があるの?そんなことをして何のメリットがあるの?

まさしく、わたしは「できない理由」ばかり探していました。そして、居心地のいい現状に甘んじることに終始していました。

一歩踏み出すのは勇気がいります。

プレ更年期のグダグダ時期であり、心も体もなんか果てしなくトホホな状態だけれど、トホホな状態だからこそ一歩踏み出す勇気を持ちたい。このまま、トホホなまま40代を終えたくないしね。

そう、できない理由を探すよりも、できる理由を探して、やらない後悔よりもやる後悔を手に入れたいと思います。

そして、今後はそういう人生を歩める女になりたい。

上司に言われるからじゃない。

わたしがわたしに指令を出すのだ。

できない理由を探すよりも、できる理由を探して、一歩踏み出せる女になれ!と。

・・・早速、手帳に書いておきました。

クロワッサンの「もっと、自分を好きになろう」にやられて、思わず、買っちゃったよ(^^;

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ワタノユキ

奈良在住のアラフォー主婦。
マイペースに生きる主婦 & 在宅ワークの日々(since20141003)。理想と現実の狭間を永遠に彷徨い中。 詳細なプロフィールはこちらにて。 わたしらしく年齢を重ねる 大人の塗り絵ライフ もよろしく♡