ジェーン・オースティンの『高慢と偏見( Pride and Prejudice )』はいろいろな出版社からいろいろな訳者が書いた本が出版されています。
基本的に大まかなあらすじは同じですが、出版社によってはかなり文体が異なります。その結果として「読みやすいか」「読みにくいか」ということに繋がります。
格式ばった古めかしい文体ではとっつきにくく、かといってあまりにも砕けて現代的なものでは雰囲気が丸つぶれ・・・!そのあたりのちょうどいいバランスを考えたいものです。
ここでは、書き出し文を含めて各出版社の『高慢と偏見(自負と偏見)』を比較していきたいと思います。
※ややネタバレあります。以下、すべて敬称略。
ジェーン・オースティン著『高慢と偏見』 18~19世紀のイギリス中産階級が舞台
『高慢と偏見』はイギリス人女性、ジェーン・オースティン(1775-1817)が描いた恋愛小説。
日本語では『自負と偏見』『プライドと偏見』と訳されることもあります。
舞台は18世紀末から19世紀初頭のイギリスの片田舎。中産階級(ジェントリ)の女性の結婚事情と、誤解と偏見から起こる恋のすれ違いを描いています。
『高慢と偏見』あらすじ
イギリスの片田舎。
5人姉妹のベネット家では限嗣相続が定められており、父親(年収2,000ポンド)が死ぬと家族の誰も相続できず、たちまち路頭に迷うことに。
限嗣相続とは?
相続方法を限定する制度。親族内で相続の順位を定め、不動産などの財産が売却や贈与で分割されることを防ぐ。多くの場合、長男を先頭に男系の親族をたどって、たった1人の男性の相続人がすべてを継ぐよう決められ、女性は相続できない。
出典:ダウントン・アビー
そのため、母親のベネット夫人は5人の娘たちを金持ちと結婚させようと躍起になっています。
そんな折、近所に独身のイケメン、ビングリー氏(年収5,000ポンド)が引っ越ししてきて、俄然、ベネット夫人は「是非、我が娘と!」と燃えることに。夫のベネット氏はもとより、娘たちもそんな母親の様子に苦笑しながらも、ビングリー氏に好印象を抱くことに。
特に美人の長女ジェインとビングリー氏の間に恋の炎が立ち上がります。
一方、ビングリー氏の友人でダーシー氏(年収1万ポンド)は当初、有力な結婚相手と目されるも、その高慢な態度に周囲は次第に反感を抱くように。
同時にイケメンのウィカム氏やベネット家の財産を相続する従兄弟のコリンズ氏などがベネット家の前に姿を現します。
ベネット家の5人姉妹の財産と恋の行方はどうなるのか!?
『高慢と偏見』登場人物
【 ベネット家 】
- ベネット氏 父親
- ベネット夫人 母親
- ジェイン 長女
- エリザベス 次女 実質的な主人公
- メアリ 3女
- キャスリン 4女
- リディア 5女
【 ベネット家の隣人 】
- サー・ウィリアム・ルーカス
- シャーロット その長女
【 ビングリー家 】
- チャールズ・ビングリー ベネット家の近くの館に移り住む
- ハースト夫人 その姉
- キャロライン その妹
【 ダーシー家 】
- フィッツウィリアム・ダーシー ビングリーの友人
- ジョージアナ その妹
- フィッツウィリアム大佐 その従兄弟
- キャスリン・ド・バーグ夫人 その叔母
【 その他 】
- ウィリアム・コリンズ ベネット家の財産の限嗣相続者
- ジョージ・ウィカム 軍人、ダーシー家の執事の息子
尚、以下の発刊日は基本的に各出版社サイトの刊行日を記載しています。
『高慢と偏見』
富田彬訳『高慢と偏見』 岩波文庫 1950年刊
相当の財産をもっている独身の男なら、きっと奥さんをほしがっているにちがいないということは、世界のどこへ行っても通る心理である。
つい今し方、近所にきたばかりのそういう男の気持ちや意見は、知る由もないけれど、今言った真理だけは、界隈の家の人たちの心にどっかりと根をおろして、もうその男は、自分たちの娘の誰か一人の旦那さんと決められてしまうのである。
「ねえ、ベネット」と、ベネット氏の夫人はある日夫に言った。「いよいよネザーフィールド荘園に人が入ったってこと、お聞きになって?」
訳者は富田彬(1897-1971)。
Wikipediaによると富田彬氏に関してはこのように書かれています。「東京帝国大学英文科卒。1926年に立教大学教授。アメリカ文学研究の先駆者の一人で、エマソンやメルヴィル、ジェーン・オースティンなどの作品を翻訳した。 」
計算しますと(?)訳者が約50代の頃に翻訳されていますね。
非常に古めかしい文体で書かれており、翻訳文特有のとっつきにくさが随所に出ています。それと同時にニマニマとしてしまうユーモラスなおかしみもでています。
しかし、『高慢と偏見』デビューにこの本はおすすめしません。途中で嫌になって投げ出してしまう可能性が高いです。
とはいえ、わたしはこの本が今でも一番好きですし、わたしにとって『高慢と偏見』はこの本の古めかしい文体の世界なのです。
中野好夫訳『自負と偏見』 新潮文庫 1997年刊
独りもので、金があるといえば、あとはきっと細君をほしがっているにちがいない、というのが世間一般のいわば公認真理といってもよい。
はじめて近所へ引越してきたばかりで、かんじんの男の気持や考えは、まるっきりわからなくても、この心理だけは、近所近辺どこの家でも、ちゃんときまった事実のようになっていて、いずれは当然、家のどの娘のものになるものと、決めてかかっているのである。
「ねえ、あなた、お聞きになって?」と、ある日ミセス・ベネットが切り出した。「とうとうネザーフィールド・パークのお屋敷に、借り手がついたそうですってね」
訳者は中野好夫(1903-1985)。
Wikipediaによると、「日本の英文学者、評論家。英米文学翻訳者の泰斗であり、訳文の闊達さでも知られている。 」とのこと。
上記の富田彬訳の『高慢と偏見』に比べると引っ掛かりを感じるところがぐっと減り、読みやすくなります。古めかしさは随所に残っていますが、それも雰囲気の一つとして味わえます。
また、フォントが現代的になり、かつやや大きいのも読みやすいポイントに繋がろうかと思います。
中野康司訳『高慢と偏見』 ちくま文庫 2003年刊
金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。
この真理はどこの家庭にもしっかりと浸透しているから、金持ちの独身男性が近所に引越してくると、どこの家庭でも彼の気持ちや考えはさておいて、とにかくうちの娘にぴったりなお婿さんだと、取らぬタヌキの皮算用をすることになる。
「あなた、聞きました?ネザーフィールド屋敷にとうとう借り手がついたんですって」ある日、ベネット夫人が夫に言った。
訳者は中野康司。
Wikipediaによると、「イギリス文学者・翻訳家。小池滋の門下生、小池監修のちくま文庫版『シャーロック・ホームズ全集』の訳者の一員。19-20世紀イギリス小説が専門。ジェーン・オースティンの長編を全訳、E・M・フォースターにも多くの翻訳がある。」とのこと。
Amazonのレビュー評価はまずまず高く(★1つと2つがない・・・!)、電子書籍のサンプルを読んだ限り「あ、確かに読みやすい」と感じました。かなり砕けている印象。
阿部知二訳『高慢と偏見』 河出文庫 2006年刊
独身の男性で財産にもめぐまれているというのであれば、どうしても妻がなければならぬ、というのは、世のすべてがみとめる真理である。
初めて近所へきたばかりの人であってみれば、彼の気持ちや見解は、ほとんどわかっていないわけだけれども、周囲の家々の人の心には、この真理はかたく不動のものとなり、その人は当然、われわれの娘たちのうちのだれかひとりのものになるはず、と考えられるのであった。
「まあ、あなた」とある日ベネット夫人が夫にいった。「ネザーフィールド荘園にとうとう借り手がついたってこと、お聞きになって?」
訳者は阿部知二(1903-1973)。
Wikipediaによると「日本の小説家、英文学者、翻訳家である。 」とのこと。
より読みやすくなります。堅苦しさと古めかしさは変わらずありますが、それ以上にその読みやすさに感動させられます。上記2冊に比べるとぐっと世界観に入りやすくなります。
ただ滑らかさを追求した一方、イギリス上流階級特有の皮肉やウィットが控えめになった印象を受けました。
とはいえ、いい意味ででの毒が少ない文章でおすすめです。
小尾芙佐訳『高慢と偏見』 光文社古典新訳文庫 2011年刊
独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。
そうした青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持ちだとか考えにおかまいなく、周辺の家のひとびとの心にしっかり焼きついているのはこの事実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのものになると考える。
「ねえねえ、旦那さま」とある日のこと、ミスタ・ベネットに奥方が話しかけた。「ネザーフィールド屋敷にとうとう借り手がついたって、お聞きになりまして?」
訳者は小尾芙佐(1932-)。女性の翻訳家です。
Wikipediaによると、元編集で「アイザック・アシモフ、ダニエル・キイス、アーシュラ・K・ル=グウィン、アン・マキャフリイ、ヴィクトリア・ホルト、ルース・レンデルなどの翻訳で知られる。」とのこと。
サンプルを読んだところ、ちょっと出だしのリズムに戸惑いました。ひらがなが多く、かつ、上品でゆったりとした抑揚を意識している印象。
これはこれで好きな人がいそうな雰囲気。
小山太一訳『自負と偏見』 新潮文庫 2014年刊
世の中の誰もが認める真理のひとつに、このようなものがある。たっぷり財産のある独身の男性なら、結婚相手が必要に違いないというのだ。
そんな男性が近所に越してきたとなると、当人がどう思っているか、結婚について何を考えているかなどお構いなし。どこの家庭でもこの真理が頭に染みついているから、あの男は当然うちの娘のものだと決めてかかる。
「ねえ、あなた」ある日、ミセス・ベネットが夫に言った。「お聞きになった?ネザーフィールド・パークにやっと借り手がついたのよ」
訳者は小山太一(1974年~)。先ほど紹介した新潮文庫の中野好夫版に代わるものとして出版されました。
Wikipediaによると、「日本の英文学者、翻訳家。立教大学教授。専門は、ヨーロッパ語系文学(英国の小説・映画)」とのこと。
読み終えた感想は「いい感じにくだけていて、現代風で、とにかく読みやすい・・・!」ということ。また、適度に注釈も挟まれており、今まで気づかなかった点も指摘されており、楽しませていただきました。
もちろん、古風めいたところもありますが、それはほんのエッセンス程度。それすらも楽しめるようになっています。
また、『自負と偏見』をすらすらと読めると実に登場人物の造詣が際立って浮かび上がってくることに気づかされました。ミセス・ベネットはうざいし、コリンズもうざい、ということに改めて気づかされました(褒めています)。
個人的にはこの『自負と偏見』非常に気に入りました。
大島一彦訳『高慢と偏見』 中公文庫 2017年刊
独身の男でかなりの財産の持主ならば、必ずや妻を必要としているに違いない。これは世にあまねく認められた真実である。
そういう男が近所へ引越して来ると、当人の気持や考えなどはどうであれ、その界隈に住む人びとの心にはこの真理がしっかりと根を下ろしているから、その男は当然家の娘の婿になるものと見なされてしまうのである。
「ねえ、ねえ、あなた」と或る日ベネット夫人が夫に云った。「お聞きになって? ネザーフィールド・パークにやっと借手がついたそうよ」
訳者は大島一彦(1947-)。
Wikipediaによりますと「英文学者、早稲田大学名誉教授。専門はジェイン・オースティン、ジェイムズ・ジョイス、D・H・ロレンスを中心とするイギリス小説、及び小林秀雄、小沼丹を中心とする日本近現代文学」とのこと。
非常に読みやすい文章です。適度に砕けている一方で、ある種のクラシカルさがあります。
こちらの『高慢と偏見』でデビューされるのもおすすめです。
その際、Amazonのレビューでも指摘されていますが、巻頭の訳者序は後回しにすることをおすすめします。この訳者序の箇所は『高慢と偏見』を何度も読んでいる方向けの解説文ですね(^^;
漫画で読む『高慢と偏見』
漫画でも描かれています。
現在は中古しか出回っていない様子。電子書籍とかあれば、試しにサンプルを買ってみるのですが・・・
ただ、あの機微を漫画で伝えるのはなかなか難しいのではないか、と思われます。
加えて、表紙のダーシーとエリザベスがわたしのイメージするダーシーとエリザベスではなくちょっと悲しいです。
漫画喫茶とかにあれば読んでみたいと思っています。
ハーレクインで読む『高慢と偏見』
金持ちの独身男性は妻をほしがっているものだと一般的に考えられているからだろう。近所にそういう男性が引越してくると、年ごろの娘がいる家庭では、当の男性の意向も確かめないうちからその男性が自分の娘の婿になると期待してしまうものらしい。
ミセス・ベネットもそのひとりだった。「あなた、聞きました?」彼女は夫に言った。「ネザーフィールド館にとうとう借り手がついたんですって」
ハーレクインで『高慢と偏見』・・・!
と驚きましたが、まぁ、『高慢と偏見』そのものはハーレクインの読者と相性がよさそうなイメージですよね。傲慢なスパダリに反発を感じながらも、最後には恋に落ちて結婚をする、と。
まさしく、『高慢と偏見』はハーレクインのはじまりなんだわ、と妙に感心しました。また、貴重な女性の訳でもあります。
サンプルだけ拝見しましたが、なかなか原作に忠実でした。読みやすいかどうかでいうと、なかなか悩ましいものがありますね(^^;
kindle版でしたら500円ですので、『高慢と偏見』お試しにいいかも。
原著で読む『 Pride and Prejudice 』
英語に自信のある方は原著で読むのも一つの手かもしれません。
わたしもいつかは挑戦したいと思います。原著は古めかしい、堅苦しい文体だそう・・・!だから、結果として、日本語訳も古めかしく、堅苦しいのだ、という指摘があります。
当時のイギリス上流社会の文章とはそういうものだったようですね。
映像で楽しむ『高慢と偏見』
『高慢と偏見』はイギリスでも大人気。
といわけで映像化も行われています。わたしの一押しはやはりBBC制作のドラマですね・・・!
ゾンビが出てくるけれど、ちゃんと『高慢と偏見』でした(汗)
『高慢と偏見』個人的にお気に入りは?デビューにおすすめはどれ?
個人的にお気に入りはこの2冊!岩波文庫版と河出文庫版
わたしの場合、初めて読んだのが岩波文庫版。
きっかけは忘れましたが、大学生の頃、「何、この読みにくいの・・・」と目を白黒させながら読みました。でも、面白かった。何度も読み返して、その後、新潮文庫(中野好夫の方)、河出文庫と流れ着きました。
その間にBBC製作の『高慢と偏見』を見て、ミスタ・ダーシーに触発されて作られた『ブリジット・ジョーンズの日記』も同時に楽しんだものです。
というわけで、20代の頃に読んだ本は忘れられない・・・!と。
そして、この読みにくさ、とっつきにくさはまるでスルメのような味わいがあります。
読めば読むほど新たな発見があって、新たな気づきがある、と。
特に岩波文庫版は散々な悪評がたっていますが、慣れるとこういうものか、と慣れてしまいます。しかし、挫折する可能性が非常に高いことが予想されますので、人にはおすすめしません・・・。
というわけで、個人的に読みやすく、親しみを感じているのは河出文庫版ですね。1冊で済むのも助かります。
あえて、クラシカルな世界を楽しみたい方にはおすすめします。
しかし、こちらも基本的には人にはおすすめしません・・・。
『高慢と偏見』デビューにおすすめはこれ!新潮文庫の『自負と偏見』
今の時代、純粋な読みやすさという意味では 小山太一訳 『自負と偏見』 新潮文庫 2014年刊 が群を抜いています。
古めかしさや堅苦しさも適度に残しているけれど、物語の展開、会話の展開、心の機微の展開はかなりスムーズでストーンっと心に入り込んでくるのではないか、と思います。
また、文体がいい意味で軽いのもいいですね。個人的にはくすくすと笑いながら読みました。
Amazonのレビュー評価が高いのも納得の出来栄えです。
もしくはBBC制作のドラマを見るのもおすすめです。その後、本を読むと世界が頭の中にパーッと広がってきますよ。
追記、『高慢と偏見』のファンサイトを制作中
この記事は実は以下のサイトを立ち上げるか否かの試金石でした(^^;
6月20日にとりあえず、勢いで立ち上げましたので見ていただけると嬉しいです。まだまだ製作途中ばかりですが・・・長い目でみてくださいね~