名匠、チェン・カイコー監督作『さらば わが愛 覇王別姫(英字/Farewell My Concubine)』。
中国の伝統芸能京劇の二人の役者と娼婦の女を軸に日中戦争、文化大革命を背景に激動の中国史が描かれています。
1993年第46回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞。2018年、BBCが選ぶ外国映画100選の中、『さらば わが愛 覇王別姫』は堂々12位にランクイン。
紛れもない名作です。
※以下、盛大にネタバレあります。
『さらば わが愛 覇王別姫』あらすじ
物語は1924年からはじまります。舞台は中国。
冒頭に二人の少年が出てきます。
石頭(シートウ、小楼)と小豆(シャオトウ、蝶衣)。
二人は京劇の役者になるための厳しくも壮絶な稽古の日々を過ごします(今なら完全に虐待)。
そんな中、石頭は常に小豆をかばい、小豆は常に石頭を頼る。二人は心を通じ合わせ、友情と愛情を育んでいくことに…特に女形として徹底的に仕込まれた小豆は石頭に愛情を覚えます。
厳しい稽古の中、日中戦争が起こる頃、二人は『覇王別姫』の項羽と虞姫として人気絶頂の役者となっていました。
そんな中、小楼(石頭)は娼婦の女、菊仙と結婚し、石頭に惚れていた蝶衣(小豆)との3人での愛憎を巡る関係が繰り広げられることに…
その間も歴史は容赦なくすすみ、日本軍の北京占領、抗日戦争、国府軍の復帰、解放軍の入場、反右派闘争、そして、文化大革命。
衝突し合いながらも互いに助け合ってきた3人の関係は極限状態を目前にして破壊されることに…
そして、11年後。
二人は再び、項羽と虞姫として舞台に立ち、蝶衣は自らの頸に刃をかけることに…
キャスト
この頃、監督のチェン・カイコーは既に名声を得ていたと記憶しています。
そして、主役の3人の内、小豆(蝶衣)を演じるレスリー・チャンと菊仙を演じるコン・リーのいずれも知名度のある俳優でした。コン・リーは現在も人気がありますね。
残る一人、小楼(石頭)を演じたチャン・フォンイーはよく知りません…汗
レスリーとコン・リーは以下の作品でも共演しました…こちらも悲しい作品…
覇王別姫、京劇でもっとも有名な演目
京劇のレパートリーの中でもっとも有名な演目、『覇王別姫』。
『覇王別姫』の物語は紀元前206年にはじまります。秦の始皇帝が没して4年、ついに秦を倒した武将たちは、互いに交戦状態に入ります。
その中で頭角をあらわらしたのが漢の劉邦(後の高祖)と楚王の項羽の二人。
紀元前202年、項羽が愛妾、虞姫(虞美人)を伴って垓下に陣を張っていた時、劉邦は一計を案じ、深夜、四方を囲む漢軍に楚国の歌を歌わせました。それを聞いた項羽は味方が漢軍にくだり、敗北を悟ります。
愛妾の虞姫に逃げるよう告げますが、彼女はそれを拒みました。
そして、最後の酒宴で虞姫は王に酒をすすめ、王のために舞います。そして、舞いながら王の刀を取り、自分の頸をかき切って命果てます。
中国の歴史
1912 中華民国成立
1928 蒋介石の全国統一
1931 日本の中国侵略がはじまる
1945 日本降伏
1946 国民党と中国共産党が内戦に突入
1949 共産党の勝利 中華人民共和国成立
1966 文化大革命がはじまる
1976 周恩来死去、毛沢東死去、4人組逮捕
1977 鄧小平復権、文化大革命終了
鮮やかな映像が抉り出す中国の近代史と絶望
幼いころから身を寄せあい、助け合い、厳しい稽古に耐え、人気役者となった二人と娼婦上がりの女。
この3人が中国の過酷な歴史のうねりの波にもまれながら、傷つけ合い、反発し合い、助け合い、必死に生きていく姿が描かれています。
小楼が日本軍に逮捕されたとき、蝶衣は彼の釈放を求めて日本軍将校団を相手に歌を歌い、舞う。蝶衣がアヘン中毒になった時は小楼と菊仙夫婦が必死に助ける。蝶衣が逮捕されたときも小楼と菊仙夫婦が知恵を巡らせる。
そして、舞台では項羽と虞姫として艶やかに舞い、歌い、生きていくために絆を必死につなげていた3人。
それを打ち砕いたのは文化大革命であった。
監督、チェン・カイコーが体験した文化大革命とは ※なお、習近平も経験した模様
文化大革命(ぶんかだいかくめい)とは、1966年から1977年まで続いた中華人民共和国の改革運動のこと。正式名称、プロレタリア文化大革命。略称は、文革(ぶんかく)。大躍進政策に続き、中華人民共和国史上2番目に起きた悲劇。
出典:文化大革命
ざっくりと書きますと「従来の文化(旧思想,旧文化,旧風俗,旧習慣)を否定して新しい時代を作ろう!」というスローガンのもとに中国国内での権力闘争が引き起こした悲劇。もっと平たく言えば時の権力者、毛沢東が耄碌していたのでしょう。
監督のチェン・カイコーは1952年、北京生まれ。wikipediaによると…
紅衛兵世代であり、文化大革命時には反革命分子とされた父親を裏切って糾弾した。その後、地方に下放に出された。
チェン・カイコーの父親もまた映画監督。
16歳の少年に父親を糾弾させる体制とはいったいどんな体制でしょうか。
また、下放された地方とは雲南のことであり、そこで彼は7年間をゴム園労働者として過ごした、とされています。
これらの経験が『さらば わが愛 覇王別姫』に色濃く反映されています。
映画では文革時代、蝶衣と小楼がどのように過ごしたのかは詳しく描かれていませんが、おそらく強制労働に従事させられたのでしょう…
文字通り、一党独裁国家、中国共産党の恐ろしさを実感できるでしょう。恐ろしいことです。
文革のうねりは3人の絆を引き裂いた
蝶衣がなぜ、小楼を愛したのか。
映画を見ているとごく自然に描かれており、違和感は感じられません。常に自分をかばってくれる少年、そして、男の性を否定され、女形と生きることを宿命づけられた蝶衣。彼は最後まで小楼への愛を貫き、虞姫として自らの命を絶つことを選択しました。
そして、もう一人、小楼を愛した菊仙。
彼女も彼への愛を貫いたからこそ、公衆の面前で否定された事実に耐えられず、自らの命を絶つ以外に選択肢がなかったのでしょう。
それまでギリギリの均衡で保っていた3人の関係が崩れた瞬間が毛沢東の己が権力欲のためにすすめられた文革だった悲劇。
小楼がこの二人に愛される価値のある男だったのか甚だ怪しいものがありますが、当時、この二人には小楼以外の選択肢がなかったのかもしれません…
そして、3人の愛は時代のうねりに翻弄されて、悲劇に終わる、と。
当時、中国ではこのように引き裂かれた家族や恋人は数多くいたのでしょう…
蝶衣を演じた、レスリー・チャンという俳優の稀有さ
わたしがレスリー・チャンにころりと恋に落ちたきっかけがこの映画でした。
それまではただのアイドル上がりの俳優という認識だったのが、ガラリと変わりました。素晴らしい俳優だと認識させられました。
香港生まれ、イギリスで教育を受けたレスリーが中国の伝統芸能京劇の女形を演じる難しさは想像するに難くありません。しかし、彼はその疑問を微塵も感じさせない演技を画面の向こうで披露し、劇場で胸震えました。レスリーが持っていた、もともとの清廉な美しさも合わさり、見事な女形でした。
そして、その耽美的な美しさにもコロリとやられたものです。
ええ、本当にレスリーは美しい男でした。
参考4月1日はレスリー・チャンの命日、個人的おすすめ作品も紹介
ぜひ、機会があれば『さらば わが愛 覇王別姫』を堪能あれ。中国の近代史を一気に勉強できます。
おまけ、文化大革命を扱った映画作品一覧
文化大革命を扱った映画はいくつかありますので紹介しておきますね。チャン・イーモウの作品が多いなー
『初恋のきた道』 1999年
若き日の チャン・ツィイーがとにかくかわいいのです…!以上。
『小さな中国のお針子』 2002年
フランス×中国。フランス在住の監督が実体験をもとに描いた話。映像が美しくて綺麗。
『サンザシの樹の下で』 2010年
これも初恋もの。初恋のきた道が一応はハッピーエンドなのに比べるとこちらは…
『妻への家路』 2014年
文革で引き裂かれた家族のその後を描いています。『さらば わが愛 覇王別姫』で菊仙を演じたコン・リーが出演。
独り言ですが…
今回の新型コロナウイルス肺炎のことも含めて、ああー中国共産党、つぶれないかなー誰か倒してくれないかなーと日々思っております…汗
何よりも香港映画の世界においても、中国の検閲を意識しなければならないんだ…ということを感じるので…昔の自由でアグレッシブだった香港映画が本当に懐かしいですね…
文化大革命もそうですが、現代も中国国内で公然と行われている思想の統制は恐ろしいと思わざるを得ません。