『ナイルに死す』は映画で初めて知りました。まだ小学生の頃でした。
その時はこれがアガサ・クリスティーの作品だとは知らず、見ていました。そして、そのトリックに酷く興奮したもの。
後年、アガサ・クリスティーの『ナイルに死す』を読んだ時、「あ、これはあの映画の原作なんだ・・・!」と驚きましたわ。
幼心にも強いインパクトを残す素晴らしい映画でした。
個人的に思うのですが、『ナイルに死す』に使われているトリックは映像で見た方がすんなりと頭に入ると思います。
映画版。
英国BBC制作のTV版。
アガサ・クリスティー著『ナイルに死す』(1937年)※注ネタバレあり
以下、ネタばれがあります。未読の方は絶対に以下を読まないでください。
あらすじ
莫大な財産を相続し、若く美貌にも恵まれたリネット・リッジウェイ。彼女は親友ジャクリーンの婚約者、サイモン・ドイルを我が物にしてしまう。そして新婚旅行でエジプトへ行くが、サイモンを諦められずに新婚の2人をつけまわすジャクリーン。その他、リネットの財産管理人、リネットの父親が破産させた一家の娘、気難しいアメリカの大富豪婦人、女流作家とその娘、ポアロなどが合流する。
一行はナイル川周辺の観光船に乗り合わせてエジプト観光を周遊する。そんな中、事件が起きた。
酔ったジャクリーンがサイモンの脚を銃で撃ち、翌朝同じ銃で殺されたリネットの死体が発見された、船という閉じ込められた空間の中で起こる殺人と、様々な動機を持つ容疑者たちが浮上してくる。
「ナイルに死す」は男女間の三角関係が大きくクローズアップされてきます。
美貌の大富豪の娘、リネット。
その親友であり、貧しい貴族の娘、ジャクリーン。
そして、ジャクリーンの婚約者サイモン。
このサイモンが後に貧しい貴族の娘ジャクリーンを捨てて、「太陽のように光輝く女」リネットに乗り換えます。
男を愛している女と女に愛させている男、そして男が愛している女。その愛憎が複雑に絡み合うとともに殺人事件が複雑に絡んできます。
登場人物
『ナイルに死す』はナイル川を走る豪華客船の中で事件が起こります。
そのため、豪華客船に乗り合わせた乗客のほとんどが容疑者となります。
- エルキュール・ポアロ 私立探偵
- リネット・リッジウェイ(結婚後はドイル) 美貌の富豪の娘
- サイモン・ドイル リネットの夫、ジャクリーンの元婚約者
- ジャクリーン・ド・ベルフォール リネットの友人で、サイモンの元婚約者
- ルイーズ・ブールジェ リネットのメイド
- レイス大佐 英国特務機関員で、ポアロの友人。途中から船に乗り込む
- ヴァン・スカイラー 大富豪の貴婦人
- コーネリア・ロブスン スカイラーの従妹
- バウァーズ スカイラーの看護婦
- ミセス・アラートン リネットの親友、ジョウアナの従妹
- ティム・アラートン ミセス・アラートンの息子
- アンドリュー・ペニントン アメリカ人、リネットの財産管理人
- ジム・ファンソープ 弁護士
- ファーガスン 社会主義者
- ギド・リケティ 考古学者
- カール・ベスナー 医者
- サロメ・オッタボーン 作家
- ロザリー・オッタボーン オッタボーンの娘
- フリートウッド 船の機関士
- レイス大佐 英国特務機関員
このうち死亡するのはリネット・リッジウェイ、ルイーズ・ブールジェ、サロメ・オッタボーン。
死亡順序もこの並びになります。
犯人は誰?3つの殺人と並行して、複数のロマンスが動き出す
クリスティーのミステリー小説にはロマンスもよく登場します。
それはこの『ナイルに死す』も例外ではありません。そもそも事件の発端がラブロマンスの破滅と新しい恋の生まれでした。
親友ジャクリーンの婚約者、サイモンを奪って結婚したリネット。この3人の間に起こる悲劇。そして、それに関連して第2の殺人、第3の殺人が起こります。第2、第3の殺人はそれぞれ殺人の目撃者となったがゆえの悲劇でした。
そう、この殺人犯の目的はリネット・リッジウェイのみ。
となると、かねてからリネット・リッジウェイを付け回し、新婚旅行にまでつきまとい、彼女の心に苦痛を与えていたジャクリーンが犯人なのか?
皆、そう思った。
「ジャクリーンがついにリネットを殺した」と。しかし、彼女には鉄壁のアリバイがあった。ジャクリーンにリネットを殺せるはずがなかった。そして、リネットの夫、サイモン・ドイルも物理的にリネットを殺せなかった・・・
犯人は誰か?
ポアロと旧友のレイス大佐が改めて豪華客船の乗客の身元を洗い出していく中、様々な事実が浮かび上がってくる。
この小説は全部で450ページほどあるのですが、この第1の殺人、すなわちリネット・リッジウェイが殺されるのは200ページを超えてから・・・!そう、前半の200ページはこの殺人に至るまでの布石なのです。
ジャクリーンとサイモンが愛し合っていたこと、リネット・リッジウェイがサイモンに恋をし、二人は結婚し、エジプトへ新婚旅行に出かけること、ジャクリーンが復讐に燃える女になること、そして、その姿を見ている周囲の人たち。
それがひたすら延々と書かれているのですが、それが愉しいのです・・・!
イギリスと言えば上質なミステリー小説はもちろん、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』 に代表されるロマンス小説の一大産地。
クリスティーもそれらのロマンス小説を読んでいたに違いありません。
結果、自身でもメアリ・ウェストマコット名義で何作かロマンス小説を執筆しています。
Amazon で Mary Westmacott の作品を見る
メアリ・ウェストマコットでは見つかりませんが、英名の Mary Westmacott はヒットします。これらはアガサ・クリスティーの別名義で書かれたロマンス小説になります。
また、自身も1度目の結婚、そして離婚。離婚後、14歳年下の考古学者と再婚と華々しいロマンスの持ち主・・・!
それらの経験がこの作品にも反映されており、複数のロマンスが生まれます。
ティム×ロザリー、そして、ファーガスン×コーネリア×ベスナーのロマンス
まずはティム・アラートンとロザリー・オッターボーン。
そして、クスリと笑えたのがコーネリア・ロブスンとファーガスン、ドクター・カール・ベスナーの三角関係。こちらの三角関係はリネット・サイモン・ジャクリーンのドロドロ感とは異なり、クスリと笑える(?)内容になっています。
わたしがコーネリアの立場ならファーガスンを選ぶけれど、まさかドクター・ベスナーを選ぶとは・・・!ファーガスンはある意味、扱いやすい男だと思うけれど、ドクター・ベスナーは難しいと思うんだけれど。いや、意外とドクター・ベスナーも扱いやすいのかな?そもそも、コーネリアはそんな基準で男を選ばない!?
コーネリアの男選びの判断基準はなかなか参考になりますわ~(^^;
とこれらのロマンスとポアロの謎解きの過程を楽しんだ後に犯人が明らかになります・・・!
結局、リネットを殺したのはジャクリーンとサイモンの共謀でした。
ジャクリーンが計画をたて、サイモンがリネットを殺す、と。そして、リネットの財産を手に入れ、それをジャクリーンと二人で使う、と。
サイモンの心は常にジャクリーンの元にあったのです。
結局、男を愛している女と女に愛させている男、そして男が愛している女
物語を読み始めた当初、サイモンを愛しているジャクリーン、ジャクリーンに愛させているサイモン、サイモンが愛しているリネットだと思っていました。
でも、結局は違ったのです。
サイモンを愛しているリネット、リネットに愛させているサイモン、サイモンが愛しているジャクリーン、だったわけですね。
サイモン・ドイルが真に愛していた女は始めから終わりまでジャクリーン。でも、貧しい生い立ちだったサイモンはリネットが持っている財産に目が眩んでしまった。女は要らない。しかし、女の金は欲しい、と。そして、その金でジャクリーンと幸せになりたいと。
しかし、サイモンの性格では緻密な犯罪計画はたてられない。すぐに逮捕されるのがオチ・・・サイモンを愛していたジャクリーンはサイモンの計画に協力をして、彼の犯罪計画をたて、否応なし共犯関係になっていきます。そういう意味ではジャクリーンもサイモンを愛していたのでしょう。
若さ、光り輝くような美貌と莫大な財産。
リネット・リッジウェイはこの世のすべてを手にしているかのようでした。そして、その驕りのまま、親友の婚約者を奪い取ったものの・・・男はリネットをちっとも愛していなかった悲劇。
この犯罪はリネットがサイモンに好意を抱けなければ起こらなかった犯罪でしょう。
リネットがサイモンを親友の夫として、領地の管理人として雇うだけであったのなら何も事件が起こらなかったのです。
でも、リネットはサイモンに恋をしてしまった。
親友ジャクリーンの婚約者にどうしようもない恋心を抱いてしまい、そして、それを手に入れてしまったのです。太陽のような高慢さでもって親友の婚約者を奪ったのです。そして、その結婚がリネットの死を招きました。愛した男によって殺されることに。財産目的のために。
「そうだな。彼女には金も器量もあんまり役に立たんかったようだ。かわいそうに」
このセリフにリネットの不幸が象徴されていますね。
個人的クリスティーベスト1の作品『ナイルに死す』
個人的にこの『ナイルに死す』はクリスティーの全作品の中では一番好きな作品です。
情熱的な愛の物語であること、そして、映像的なトリックの使い方、個性が際立つ登場人物の姿。何よりエジプト、ナイル川への憧れをかきたてた作品でもあります。
というわけで、わたしもリネットとサイモンのように新婚旅行にエジプトへ行きたいーと言ったら、主人の猛反対を喰らいましたがね(^^;
さて、『ナイルに死す』。
クリスティー作品の中でもかなり分厚い方に入り、かつ、登場人物も多くて頭が混乱しますが(汗)、アガサ・クリスティーのアガサ・クリスティーらしさを堪能するにはピッタリの作品ですよ!
是非、『ナイルに死す』でアガサ・クリスティーのトリックを堪能あれ。
映画『オリエント急行殺人事件』が示唆、ケネス・ブラナー版のポアロ2作目は『ナイルに死す』
2017年、アガサ・クリスティーの作品の一つ『オリエント急行の殺人』がケネス・ブラナーにより映像化されました。
参考映画『オリエント急行殺人事件』ネタバレありの感想、原作との比較・違い、続編への伏線(ケネス・ブラナー制作・2017年版)
最終場面、次作は『ナイルに死す』を示唆しているように見受けられます。
調べてみると、実際に『ナイルに死す』の映像化話は進んでいるようですね!
映画『ナイル殺人事件』 2020年の秋公開予定 → コロナ禍により2021年に延期
“お互いを激しく傷つけ合うような愛情を描きながら、ダークで、セクシーで、心をかき乱されるような映画”になるようだ。
出典:https://theriver.jp/dotn-dark-sexy-unsettling/
2020年の秋、日本で公開されるようです。エルキュール・ポアロは前作に続いてケネス・ブラナー。
正直、ケネス・ブラナーはわたしのイメージするポアロではないのですが…見に行く予定です(^^)/
参考ナイル殺人事件